自然と共に生きる。エコパークを支える人々の暮らしと歴史
「ユネスコエコパーク」の定義には、単に手つかずの自然を保護するだけでなく、「自然と人間社会の共生」という大切な理念が込められています。宮崎県の延岡市、高千穂町、日之影町にまたがる祖母・傾・大崩(そぼ・かたむき・おおくえ)エリアは、まさにその理念を何世代にもわたって体現してきた場所です。
そびえ立つ険しい岩峰や深い渓谷は、時に厳しく人々の行く手を阻んできました。しかし、この地に暮らす人々は、その厳しさを「知恵」へと変え、山を敬い、森の恵みを分かち合う独自の文化を育んできました。今回の特集では、教科書には載っていない、この土地ならではの「生きた暮らし」と、未来へ繋ぐための人々の挑戦にスポットライトを当てます。
神々と共に生きる。この地に伝わる信仰と伝統文化
このエリアを象徴する文化といえば、やはり「神楽(かぐら)」を欠かすことはできません。特に高千穂町の集落で冬の夜を通して奉納される「夜神楽」は、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。これは単なる娯楽ではなく、一年の収穫への感謝と、翌年の豊作、そして地域の人々の安全を神々に祈る神聖な儀式です。
また、大崩山(おおくえやま)をはじめとする山々は、古くから修験道の修行の場や、信仰の対象として崇められてきました。人々は、山を自分たちの所有物と考えるのではなく、畏敬の念を持って「お借りしている」という感覚で接してきたのです。こうした山岳信仰や神楽の伝統は、現代においても地域の絆を深める重要な役割を果たしており、子どもたちが伝統芸能を継承する姿もあちこちで見られます。自然を敬う心が、今もこの地のアイデンティティを形作っています。
急峻な地形を「恵み」に変える。石積みの棚田と人々の知恵
高千穂町や日之影町などに代表される、山あいの急斜面にへばりつくように広がる「棚田」。その美しさに目を奪われますが、そこには先人たちの並大抵ではない苦労が刻まれています。平地の少ないこの地域で、一粒でも多くの米を収穫するために、人々は大きな石を一つひとつ積み上げ、等高線に沿って幾重にも田んぼを築き上げました。
この棚田を維持するためには、複雑な水路の管理や、崩れやすい石垣の手入れなど、地域住民の協力が不可欠です。厳しい地形を克服するための知恵は、単に食料を得る手段だけでなく、美しい景観や多様な生物の住処も守り続けてきました。四季折々に表情を変える棚田の風景は、まさに人間と自然が長い時間をかけて共同制作した「生きた芸術作品」と言えるでしょう。
循環する森の恵み。世界をリードするしいたけ栽培
祖母・傾・大崩エリアの主要な産業の一つが、広大な森の資源を活かした「林業」と「しいたけ栽培」です。特に、原木(ナラやクヌギなどの天然木)を使ったしいたけ栽培は、この地の豊かな森林環境が育んだ賜物です。
しいたけ栽培は、ただ木を切り倒すだけではありません。しいたけの原木となる木を切り出し、菌を植え付けます。その後は森の中に並べ数年かけじっくりと育てます。役目を終えた原木は、やがて土に帰り、次の新しい木々を育てる栄養となります。この循環型の仕組みは、世界からも「持続可能な農業」のモデルとして高く評価されています。私たちが口にする香り高いしいたけの裏側には、森のサイクルを壊さず、むしろ森を活性化させてきた人々の緻密な技術が隠されているのです。
次世代へ繋ぐ「学び」の場。子どもたちと歩む環境教育
エコパークの理念を未来へ繋ぐため、地域では子どもたちを対象にした環境教育や自然観察会が盛んに行われています。延岡市の「ホタルの館」周辺や、各地の渓流で行われる観察会では、子どもたちが実際に川に入り、そこに住む生き物や水の清らかさを肌で感じ取ります。
地元の古老や専門家から、山の歩き方や植物の名前、そして昔の人々がどのように自然と関わってきたのかという話を聞く。こうした体験を通じて、子どもたちは自分の故郷が世界に誇れる特別な場所であることを学びます。ただ知識として「守る」ことを教えるのではなく、自然の中で遊び、その楽しさを知ること。それが、次世代の「守り手」を育てる最も確実な道であると、地域の人々は信じて活動を続けています。
【まとめ】風景の奥に息づく、共生の物語
祖母・傾・大崩ユネスコエコパークの真の魅力は、壮大な自然景観そのものだけでなく、その険しい地形に寄り添いながら築かれてきた「人々の営み」にあります。高千穂や日之影に伝わる神楽や山岳信仰、そして先人たちが石を積み上げ作り出した棚田の風景は、自然を敬い、共に生きてきた確かな証です。
延岡、高千穂、日之影。それぞれの地域で育まれてきた物語を知ることで、この広大な自然を守ることの本当の意味が見えてくるはずです。この地を訪れる際は、目の前に広がる絶景の奥に息づく、人々の知恵と暮らしにもぜひ思いを馳せてみてください。
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宮崎県 総合政策部 中山間・地域政策課 地域総合調整担当
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