【体験記事】神々が舞う里へ。農泊で知る「高千穂神楽」の舞い手たちの素顔
夜の帳が下りる頃、高千穂神社には笛と太鼓が響きます。毎晩行われる「高千穂神楽」は、国の重要無形民俗文化財のエッセンスを1時間に凝縮し、観光客を神話の世界へ誘います。
舞台で舞うのは、実は昼間はサラリーマンや農家として働く「奉仕者(ほしゃどん)」と呼ばれる地元住民。今回は彼らが営む農家民宿に滞在しました。観光としての神楽と、それを支える里山の日常。その両面から、ユネスコエコパーク・高千穂に息づく「生きた神話」の姿をレポートします。
神話への入り口、毎夜開かれる「高千穂神楽」
宮崎県高千穂町。ここには、毎年冬になると集落の人々が熱狂する、ある神秘的な神事があります。それが「高千穂の夜神楽(よかぐら)」です。 観光パンフレットなどで見る華やかな舞はほんの一部に過ぎません。本来の姿は、毎年11月中旬から2月上旬にかけて、町内約15の集落で行われる「夜通しの儀式」です。 氏神様を「神楽宿(かぐらやど)」と呼ばれる民家や公民館に招き、夕方から翌日の昼前までかけて、なんと三十三番もの舞を奉納し続けます。
神様と人が同じ屋根の下で一晩を過ごし、食事をし、酒を酌み交わす。それは、秋の収穫に感謝し、翌年の豊作を祈る、農家の人々にとって一年の集大成となるお祭りです。
しかし、限られた日程に訪れることが難しい観光客にも「神話の里」の精神に触れてほしいという思いから、代表的な演目を1時間に凝縮して高千穂神社で毎晩20時から公開するようになりました。 そんな、土地に深く根ざした「夜神楽」を見るために、私はあえてホテルではなく、集落にある農家民宿(農泊)に宿泊することにしました。
神を舞う農家の素顔。夜には神の依代に
高千穂の山並みを越え、美しい棚田が広がる集落にある農家民宿に到着したのは、傾いた日差しが棚田に長い影を落とし始めた頃でした。出迎えてくれたオーナーの橋本憲史さんは、世界農業遺産にも認定されたこの地で代々農業を営む現役の農家です。橋本さんは、世界農業遺産にも認定されたこの地で代々農業を営む現役の農家です。高千穂牛の繁殖や肥育を手がけながら、棚田が広がる美しい景観を守り続けています。
「神楽を見に行く前に、夜ごはんの準備をしましょう」
橋本さんに案内され、庭先で体験したのは高千穂の伝統的な野外料理「かっぽ鶏」作りでした。裏山から切り出したばかりの青竹を加工し、その節の中に地元の鶏肉や椎茸、ニラなどの野菜を詰め込んでいきます。竹筒を炭火にかけると、やがて「かっぽ、かっぽ」と沸く音と共に、清涼な竹の香りが漂い始めました。
「今日は作りませんが、実は『かっぽ酒』というのもありましてね。この細い竹に焼酎を入れて、焚き火で燗(かん)をつけるんです。これが本当の夜神楽には欠かせないんですよ」
―― 神楽の会場で、この料理とお酒が出るんですか?
「神楽の席では、場が和んだ頃に観客や奉仕者に『かっぽ酒』を振る舞うことはあります。寒い夜に竹の香りがついた熱燗を飲むと、体が芯から温まりますからね。ただ、今作っている『かっぽ鶏』のような料理そのものは、神楽の当日はあまり出しません。神楽では煮しめなどが中心です」
―― では、かっぽ鶏はいつ食べるんですか?
「これはどちらかといえば、厳しい田植えが終わった後の『さなぶり(農休みの祝い)』で食べる味ですね。重労働の合間の『現場の味』であり『祝いの味』なんです」
夕食を囲みながら、話題は今夜の高千穂神社での神楽に。
「実は私も、神楽を舞う『奉仕者(ほしゃ)』の一人なんですよ」。
高千穂神社の神楽殿では毎晩欠かさず神楽が奉納されていますが、それを支えているのは地元の人たち。町内にある各集落の奉仕者たちが、約20人ずつのグループで交代し、当番制で毎晩の舞台を務めているのです。
かつて娯楽が少なかった時代、神楽は一年の農作業の苦労を忘れ、五穀豊穣を神に感謝する最大の楽しみであり、村の結束を固める大切な行事でした。
「今夜舞台に立っている奉仕者も、昼間は私と同じように農業や牛の世話をしてきた後に、舞っているはずですよ」
その言葉を聞いて、これから見に行く観光神楽は、単なるショーではなく、高千穂の自然と共に生きる「暮らし」の延長線上にあるものなんだということに気づきました。
【高千穂神楽体験】集落で守り継ぐ神話の世界
すっかり日が落ちた夜道を、高千穂神社へと向かいました。境内の神楽殿は多くの拝観者で熱気に包まれていました。ここで毎晩奉納されている「高千穂神楽」は、本来一晩かけて行われる三十三番の夜神楽から、「手力雄(たぢからお)の舞」「鈿女(うずめ)の舞」「戸取(ととり)の舞」「御神体(ごしんたい)の舞」の代表的な4番を1時間に凝縮して公開しているものです。
拝観料:1人 1,000(小学生まで無料)
※インターネット予約(200名)と当日受付(50名)があります。
※当日受付は高千穂神社神楽殿にて19時より受付可能となります。
靴を脱いで神楽殿へ上がると、まず目を奪われるのが舞台の頭上に張り巡らされた飾りです。舞台の天井には「雲(天蓋)」と呼ばれる正方形の枠が吊るされ、その周囲を精緻な切り紙細工が彩ります。この約4m四方の空間は「高天原(たかまがはら)」を表現したもの。陰陽五行や十二支、四季を象徴する装飾によって、日常から切り離された神々の世界が作り出されているのです。
神楽とは、日常の空間を切り離し、神々をこの舞台に招き入れる儀式であることを、舞台装置そのものが静かに物語っていました。
手力雄(たぢからお)の舞
最初に現れたのは、白い面をつけ、黒い髪を長く垂らした「手力雄命(たぢからおのみこと)」です。天照大神が天岩戸に隠れてしまい、世界が闇に包まれた際、その岩戸の所在を探し出そうとする場面を表現しています。御幣(ごへい)と鈴を手に、音を聞き分け、考え込むような所作で、静かに、しかし力強く舞台を踏みしめます。
鈿女(うずめ)の舞
続いて登場したのは、おかめ(女面)をつけた「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」です。岩戸の所在が判明した後、その前で面白おかしく舞い踊り、天照大神を誘い出そうとする場面です。手に持った笹と鈴を軽快に鳴らし、時折ユーモラスな仕草を見せながら舞う姿に、会場の空気が一気に和らぎます。
戸取(ととり)の舞
三番目は再び手力雄命が登場しますが、今度は赤い顔の面をつけ、荒々しい力強さに満ちています。鈿女の舞に誘われて岩戸が少し開いた瞬間、渾身の力でその岩戸を取り払うクライマックスの舞です。「勇壮」という言葉がこれほど似合う舞はありません。舞い手は全身を使って激しく動き、最後には岩戸を持ち上げます。岩戸が開かれ、世界に再び太陽(光)が戻る。それは、厳しく長い冬が終わり、待ちに待った春が訪れるという五穀豊穣を願う予祝の意味が込められていたようです。
御神体(ごしんたい)の舞
最後は、イザナギ・イザナミの二神による「国生み」の舞です。二人の神様が酒を作って、仲良く飲み交わして抱擁し合う姿は、夫婦円満や子孫繁栄、そして五穀豊穣を表しています。時折、千鳥足の神様が客席に降りてきて観客と絡むなど、会場は笑いと一体感に包まれました。
363日、集落が紡ぐ神楽の日常
凍てつくような夜道を戻り、暖かい宿で橋本さんと晩酌の続きを始めました。グラスに注がれたのは、地元高千穂の米焼酎「露々(ろろ)」。 昼間に聞いた「カッポ酒」でも飲まれている焼酎です。
スッキリとした飲み口に酔いしれていると、橋本さんが観光神楽の裏話を教えてくれました。
「実はあの神楽、1972年からずっと年中無休だったんですが、最近ついに『働き方改革』がありましてね。2025年から大晦日と元日だけはお休みすることになったんですよ」
裏を返せば、それ以外の363日を、町内にある約15の集落が交代で毎日支え続けているということです。 単純計算でも、橋本さんたちの集落には月に2回ほど当番が回ってきます。そのたびに、約20人いる集落のメンバーで役割を分担し、仕事終わりや農作業の合間を縫って神楽殿へ上がっているのです。
「基本のストーリーは一緒でも、集落ごとに所作が微妙に違うんです。だからみんな、口を揃えて言うんですよ。『うちの集落の神楽が一番いい』って」
高千穂の神楽は、単なる観光資源ではありません。この集落に生きる人々が誇りをかけて守り抜いてきた日常そのもの。
橋本さんは普段、十数頭の高千穂牛を世話し、急斜面の棚田で米を作っています。私たちが感動するユネスコエコパークや世界農業遺産としての美しい農村景観は、ただそこにあるのではなく、彼らが日々汗を流し、集落の仲間と共同で水路の清掃や草刈りを行いながら、自然と向き合って守り続けてきた仕事場なのです。
春に種を撒き、秋の実りに感謝して冬に舞う。神楽があるから人が集まり、人がいるからこの美しい農村景観が守られる。 都会では失われつつある「神様と隣り合わせの暮らし」が、高千穂には今も息づいていました。