ここから本文です。

すき酒造株式会社

すき酒造

すき酒造株式会社

小林市須木(すき)村は、県の西部に位置し、面積の90%以上を森林が占め、船の建造に使用したスギが多く産出したのが、地名の由来になったといわれる。
その地に、すき酒造を訪ねた。
訪れたのは、仕込みの真っ最中の9月下旬の午後1時過ぎ。

”そういちろう”って誰?

以前、焼酎とラベルの由来を紹介してもらう企画で、こちらの蔵には取材に訪れたことがある。
玄関で、取材に来た由を告げると、「どうぞ、どうぞ」と、すぐ工場内に案内された。
「今ちょうど、室(むろ)のなかで蒸し米に麹菌を混ぜる作業と、蒸した芋を破砕機にかけて、酒母に加える作業の途中です」
「こちらのかめで造ってます。これが芋を混ぜて1日たったものです」

田中宗長(むねおさ)社長

「工場はこれだけですから、こちらでお話を」と、応接室に案内された。

今、何代目になられるんですか?
「私で、三代目です。初代の宗三郎は、京都で繊維関係の仕事をしていたんですが、明治42~43年頃にこちらの親戚の家を訪ねてきたみたいですね。それで、この地の水に目を付け焼酎造りを始めたようです」

何人で製造をなさっているんですか?
「今の時期は、4~5人に手伝ってもらっていますが、普段は私ひとりです」

なぜ、かめ仕込みを?
「子どもの時から、ずっとかめ(仕込み)なんで、それ以外はないですね。でもたくさんできなくてね」

櫂(かい)入れは1日何回ぐらい?
「麹(酒母)ともろみで違っていて、仕込みの日数によっても違うんですが、麹で4~5回、もろみで20~30回ですか。それ以外にも、夜中に起きて温度が上がり過ぎないように、良くできるようにと手をくわえることもあって。それでこの時間は眠いよねー」

年間の生産量は?
「現在は年間二百石を製造してますが、山あり谷ありで百石を切った時もありましたね。地元でほぼ消費されていたんですが、出荷量が少ないこともあって他のメーカーに押されて、須木特産の栗を使った焼酎の製造を始めたんです。それでも、売れない時期があって10年前ぐらいから工場の拡張と、新しい銘柄に取り組んできて、できたのが『宗一郎』です。現在、県外に7割出荷してます。県外用は25度ですが、地元では20度の焼酎を小売りしてます」

田中宗長(むねおさ)社長

ひとしきり話を聞いたあとで、改めて受け取った名刺を見ると、『田中宗長』と書かれていた。

そういちろうさんではないんですか??
「宗一郎は二代目です」

田中宗長(むねおさ)社長の写真

田中宗長(むねおさ)社長

17年前に、一度こちらにうかがった時、「この裏の川に、河川プールが出来てねー。でも、今の子どもたちは、川で泳いだことがないから」と、声をかけてこられた方が宗一郎さんだったんですね。
「あー、その時私もいたはずです。18歳の時から、父親とふたりで焼酎を造ってましたから。その時の本、持ってますよ。覚えてなくてすいません」
いえいえ、とんでもありません。

工場見学については?
「一番忙しい仕込みの時期は、9月から11月までですが、それ以外の時は出荷に追われていますね。ビン詰め、ラベル貼りなど全部ひとりで手作業でやってるもんですから、なかなか十分に対応できないかもしれませんが、見学を希望されるときはお電話下さい」

室の内部の写真

室の内部

芋を破砕機にかけるの写真

芋を破砕機にかける

一次仕込みでできた酒母に、砕いた芋を加えるの写真

一次仕込みでできた酒母に、砕いた芋を加える

二次仕込みのかめの写真

二次仕込みのかめ

栗焼酎『美栗(びっくり)』の写真


栗焼酎『美栗(びっくり)』

『宗一郎』の写真

『宗一郎』

ラベルを貼るときに焼酎を固定する木枠(自作)

ラベルを貼るときに焼酎を固定する木枠(自作)

すき酒造株式会社

  • 小林市須木村下田1270
  • 問合せ/TEL.0984-48-2016

Share this

更新日:2011年11月29日

ページの先頭へ戻る