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古澤醸造合名会社

古澤醸造合名会社の写真

古澤醸造合名会社

日南市大堂津にある古澤醸造を訪ねた。
蔵の案内は5代目古澤昌子さんに、蔵の話は4代目社長の古澤教雅さんに伺った。

蔵を案内していただいた5代目古澤昌子さんの写真

蔵を案内していただいた5代目古澤昌子さん

創業以来の土蔵で、こだわりの焼酎を仕込む

「ウチは創業当時からのカメ仕込み・カメ貯蔵で、今もその造りを続けています。それと、この仕込み場になっている土蔵は、もう県内ではうちだけになりました。昔は土蔵の中で造っていたところが多かったんですがね。土蔵は、内側と外側の壁の間が30センチもあって、中にもみ殻が詰めてあります。天井も同じですが、断熱材の役目をしています。

土蔵の中には、仕込み蔵と麹室(こうじむろ)があります。
麹室は、以前は2つありましたが、昭和38(1963)年に、1室に米を蒸すドラムと麹を造る三角棚を入れました。少しだけ機械化、というところです。
米を蒸すのは、甑(こしき)より回転ドラムの方が雑菌も入らないし、手間もかからない。三角棚にしても、麹の温度が36~37度になるように、センサーが働いて強制的に風を送ります。だから、作業も楽になり、均一で見場のいい麹ができるようになりましたが、個性が感じられない気もしますね。
本当に手がかかります。麹造りも、夜の9時、朝の2時、4時と室の中の麹蓋(こうじぶた)の場所をかえてやったり、重なっている上下を入れ替えたり。麹は生き物だから、場所によって温度の差があると、その環境にあわせて生きようとするわけです。そうすると、非常にコシの強い、個性的な麹ができるんです。麹室の特徴がよくでた麹といえます。
今は、三角棚と麹室で造った麹の二つを使い分けてます。手造りのこだわりの焼酎を造る場合は麹室を使います」

112年の歴史を持つ麹室にある麹蓋の写真

112年の歴史を持つ麹室にある麹蓋

奥が回転ドラム、手前が三角棚の写真

奥が回転ドラム、手前が三角棚

「米から芋へ」~古澤醸造の歴史~

「隣町の南郷町目井津に江戸時代から続く古澤という本家から、明治25(1892)年に分家して、大堂津(日南市)で焼酎造りを始めました。

当初は米焼酎で、昭和の初めから清酒も造ったそうです。蔵の天井裏には、清酒造りの時、酒を搾るのに使った滑車が残っていますよ。ただこちらは気候が温暖でうまくできなかったらしく、5年でやめてしまったと記録が残っています。その時は新潟から杜氏を呼んで造っています。
その後、戦争中特に清酒メーカーが統合させられたり、原料の米が不足して、芋焼酎に変わりました。

現在は、芋焼酎・麦焼酎・そば焼酎・米焼酎を造っています。
米焼酎をまた造り始めたというのには、おもしろいエピソードが残っているんです。
芋焼酎の一次仕込みをして6~7日目に、芋を入れる(二次掛け)わけですが、ちょうど台風が来て芋が手に入らない。一次仕込みをそのままほっとくわけにもいかず、手持ちにある米を入れて、結局米焼酎ができたんです。ただ、その当時は米焼酎を飲む人がいないから、そのままタンクに残ってしまった、というのが30年前の話です。いまなら長期貯蔵の30年ものですよ。

そば焼酎は昭和48(1973)年、麦焼酎は昭和50(1975)年から始めました」

仕込み蔵とカメの写真

こちらも112年の仕込み蔵とカメ

麹がしみついた土蔵の壁の写真

麹菌がしみついた土蔵の壁

「造るのは自分の背丈に合った分です」~焼酎ブームについて~

「昭和50年代のブームは、口コミで広がっていったんです。清酒の地酒ブームの時もそうでしたが、口コミで広がる時には、ゆるやかだけど、ある程度の量を出さないと広がらないんですね。そうすると伸びるのは、全国にある程度の数量を出せる大手のメーカーなんです。我々小さいところはブームには乗ってないんです」

「今度のブームは、本物志向というか、健康志向、自然志向とかいう切り口で、メディアが小さい蔵も取り上げてくれました。こだわった焼酎を、それも芋・麦・そば・米という定番のものが主体なんです。特に芋が健康にいいといわれ、芋の生産者と蔵元が、お互いに顔の見えるつきあいをしながら、吟味した原料で焼酎造りを続けているような蔵が注目されてます。

東京、横浜、大阪などで我々蔵元も招かれる焼酎の会が毎年開催されていて、6年ぐらい続いています。年々参加する若い女性が増えてます。また女性の焼酎愛好の会のようなものができたりしてますね。
それから、飲食店の方の蔵見学も増えてます。自分の店で扱っている焼酎は、どんなところで、どう造られているのか。お客さんも、いろいろなメディアで焼酎のことを知っていますから、それ以上のことを勉強しておかないといけないと言われます。店での飲ませ方にしても、例えばお湯割りの場合どちらが先かとか、2~3日前から割水をしておくとか、そういうことを考え出したのは、メーカーじゃなくて飲食店の方なんです。我々は、一番いい時期に出荷しますが、その先はあまり考えていませんね。気分に合わせて飲んでもらえればいいな、ぐらいは考えますけど。それをいかにうまくお客さんに提供するかが、飲食店の仕事であり、そこにプロ意識があるわけでしょう。
宮崎でも焼酎バーができて、焼酎塾をやるので講師を頼まれたりしてます。それがここ2、3年の話です。
今回のブーム以前、7~8年前に、北海道、青森の酒販店の方が取引をしてくれと蔵を訪ねてこられ、それをきっかけに取引を始めました。こんなケースも少なくないんです。おかげで、いまでは直接取引しているお店がない県はありません。東京、大阪が数量的には大きいのはもちろんですが。
このブームでも蔵元は無理をせずに、自分の背丈の範囲で造っています。そのため、どこも焼酎が足りない状況になっています。ただここで無理をすると、ブーム後にもちこたえるのが難しくなるので、あまり無理はできないのです。そこを理解していただければと思います」

芋蒸し機の写真

芋蒸し機

ワ常圧蒸留機の写真

常圧単式蒸留機

手作業で行わてれいるラベル貼り

手作業で行われているラベル貼り

『八重桜 手づくり 芋』の写真

『八重桜 手づくり 芋』

古澤醸造合名会社

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更新日:2011年12月1日

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