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更新日:2011年12月14日
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城下町の風情を今に伝えます
佐土原城跡に歴史資料館の「鶴松館」ができたのとほぼ同時期に、地元有志が中心となって発足。土・日、祝日はメンバーが交代で鶴松館に詰め、鶴松館内の案内を行っているほか、佐土原に点在して残る史跡を案内している。

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団体名称 |
鶴松館ガイドの会 |
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会員数 |
9名 |
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案内地域 |
(1)鶴松館、佐土原城跡。 |
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申込方法 |
TELにて |
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ガイド料金 |
上記(1)は無料、(2)は500円程度 |
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案内時間 |
9時30分~16時00分 |
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予約申込期限 |
(1)は団体のみ1週間前までに予約 |
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申込受付時間 |
9時30分~17時00分 |
佐土原歴史資料館
〒880-0301
佐土原町上田島8202-1
TEL 0985-74-1518
FAX 0985-74-4655

日向国(現在の宮崎県)の戦国大名・伊東氏の最重要拠点のひとつであり、江戸時代は佐土原島津藩の居城であった佐土原城の跡にある歴史資料館。江戸期の屋敷を復興した書院造の建物内部には、島津家に伝わる文物や、佐土原人形等が展示されている。
↓【鶴松館】から車で約3分

佐土原城下の町人町で江戸期から続いた味噌・醤油販売業の阪本家の建物を保存したもので、宮崎市の有形文化財に指定されている。建物は明治38年に築造された木造瓦葺きの2階建で、重層入母屋造りの平入り型と呼ばれる構造だ。
↓【商家「旧阪本家」商家資料館】から車で約3分

豊臣秀吉の九州攻めの後、佐土原に封ぜられた島津家久と、その子で関ヶ原の戦いの際、伯父・島津義弘の身代わりとなって討死にした豊久の菩提寺。家久の母や妻、側近の家臣などの墓なども残っている。
↓【天昌寺】から車で約5分

関ヶ原の戦いの結果、佐土原は徳川領となるが、その後島津支族の以久(もちひさ)が初代佐土原藩主として入城する。高月院は、2代藩主の忠興が以久の3回忌に建立したもので、以後代々の藩主の菩提寺となった。
↓【高月院】から車で約10分

現在の神殿は1547(天文16)年に建てられたと言われる、三間社流造りの神社。本殿と22枚の棟札は国の重要文化財に指定されている。毎年秋の例大祭には、古くから伝わる巨田神楽三十三番が奉納される。
↓【巨田神社】から車で約10分

1335(建武2年)に創建された寺院。仏師・康俊が掘った国指定重要文化財の騎師文殊菩薩脇侍付天蓋一面や、県指定文化財の木造地蔵菩薩半跏像などが収蔵されている。ほか、多数の中世の古文書が残されている。宝物殿見学は要予約
↓【大光寺】から車で約3分

幕末の1857(安政4)年に、最後の藩主・第10代忠寛(ただひろ)は藩財政収入源のひとつとしてハゼやカジの木や菜種などを植えさせた。。ここは、もともと馬場だったところにハゼ並木が残っている。
↓【はぜ馬場】から車で約2分
1667(寛文7)年に佐土原領佐賀利で生まれ、駿河国松蔭寺の白隠慧鶴(はくいんけいかく)とともに禅林復興の双璧と称された名僧。1704(宝永元)年には、5代藩主惟久に請われ、大光寺の住職に就任した。
↓【古月禅師生誕の地】から車で約5分

1688(貞享5)年、遠州沖でシケに会い、積み荷の江戸城普請材を解き放った責を負って切腹した宰領の佐土原藩士・河越久兵衛ら3人と、それを知って後を追った水主(かこ・乗組員)13名の墓。