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50の物語集 伝説編

第四十四話 田野の百済王|宮崎市田野町

もうひとつの百済王伝説(くだらおうでんせつ)

その昔、祖国で戦いに敗れた、百済の王が日向の油津に流れ着きました。

「ここはどこだろう」

王があたりを見渡すと、はるか北のかなたの山々に五色の雲がたなびいているのが見えました。

「あの雲の下こそが、私がこれから住むところだ」

王はそう言うと、一人の小姓(こしょう)をお供(とも)に、その雲をめざして歩きはじめました。

どれほど歩いたことでしょう。小姓は疲れ果て、ふらふらです。かわいそうに思った王は、近くに湧(わ)き水を見つけ、それを飲ませると、小姓はみるみるうちに元気になりました。

それからさらに歩いていくと、いよいよ五色の雲が近づいてきました。ここまで歩きとおしだった王は近くの岩穴でしばらく休むことにしました。

そのとき、そこを田野の里に住む八人の男たちが通りかかりました。

見たこともないかっこうをした王に向かって男たちが、
「あなたはどこの誰ですか」
と聞くと、王は言葉が通じないせいか、ただ、黙(だま)っているばかりです。

「言葉が通じないなら踊(おど)ってみるか」

男たちが、持っていた蔦(つた)を手足にからませ、身ぶりおかしく踊ってみると、王は、敵ではないと分かったのかやっと笑いました。

男たちは、王を田野の里に案内し、王のための御殿(ごてん)を建てました。

ふしぎなことに、王が百済で飼っていた鶴が、王をしたって飛んできてその御殿を守ったといいます。

また、王は月毛の馬を愛し、それに乗って、あちこち出かけていましたが、ある日のこと、突然馬が暴れだし、王を乗せたまま、井戸の中に飛びこんでしまい、馬もろとも王は死んでしまいました。

その後、村人たちは王を手あつく葬(ほうむ)り、お宮を建ててその霊(れい)をなぐさめたそうです。

※神さまメモ「しゃらくり舞(まい)」
男たちが百済の王の前で踊った踊りは「しゃらくり舞」と呼ばれ長く伝わっていたそうです。また、北郷町に「宿野」という地名がありますが、王が田野に向かう途中、ここで一夜を過ごしたことからこの名がついたといわれています。

【田野天建(たのてんけん)神社】(宮崎市田野町)
油津に漂着した百済の王が田野の里に入ったときに、村人たちが建てた御殿の跡といわれています。
王は村人に手厚く迎えられ、穏やかに暮らしていましたが、ある日、月毛の馬ごと井戸に落ちてその生涯を終えたとされ、その後、村人たちは王を偲び、この地に宮を建て、田野大宮大明神としてあがめたと伝えられています。

【雨宿りの岩】(宮崎市田野町)
油津に漂着した百済の王が田野の里に向かう途中、雨宿りをし、休憩した場所といわれています。
そこに8人の男たちが通りかかり、王に話しかけましたが、言葉が通じないため、持っていた蔦(つた)を手足にからませ踊ったところ王がやっと笑い、その後、男たちによって田野の里に案内されたと伝えられています。

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