更新日:2011年11月29日

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明石酒造株式会社

鹿児島県・熊本県と境を接するえびの市の明石酒造を訪ねた。
九州自動車道のえびのインターチェンジから車で約5分。

明石酒造は明治24(1891)年の創業。
4代目の明石秀人社長に工場を案内していただいた。 現在、平成7年に建てられた工場で、年間五千石の焼酎を製造している。

明石酒造株式会社の写真

明石酒造株式会社

工場見学

芋の選別

ここでは、芋の両端と、悪くなった部分を取り除く作業が芋の仕込みの期間中(8月~12月)毎日続けられている。

芋の選別の写真選別された芋の写真2階の蒸し器へと運ばれるの写真

芋の選別 選別された芋はこのまま2階の蒸し器へと運ばれる

2階

こちらが、2階。上がってすぐの所に案内版が設置してある。3階には、製麹ドラム室と米麦処理室がある。

案内板の写真

案内板

一次仕込みタンクと二次仕込みタンクの写真

一次と二次の仕込みタンク

蒸留器の写真

蒸留器

「彼がうちの杜氏ですよ」と、社長。
では、見学の途中ですが、ちょっと杜氏さんにインタビュー。

櫂入れ中の写真

櫂入れ中

杜氏 川野政文さん

高校卒業後すぐ明石酒造に入社。最初は先輩の杜氏のもとで焼酎造りを学び、杜氏になって5年目になる。

「まだまだ、ぺーぺーですよ。入社して18年ですが、そのうちの十何年間は下積みの分からない状態で、覚えてるだけですからね。どちらかといえば今から自分の経験を活かしていくわけですから。一つの責任がありますね。それは杜氏うんぬんじゃなくて、製造としての。最終の責任はこちらに来るわけでしょう、全部。中途半端はもちろんできないし、手が抜けないので難しいと言えば難しいですね。看板の『明月』は、伝統あるものですから、それは継続し、また、新商品もここ6~7年の間に出てきました。特にここ4、5年はお客様からの要望が多くなり、そのニーズに合わせるように勉強しながらやってます」

杜氏 川野政文さんの写真

杜氏 川野政文さん

再び、一階に下りてきて、貯蔵室を見せてもらい、表の売店にある試飲コーナーでおよそ30分の見学コースは終わり。

樫樽貯蔵の写真,カメ貯蔵の写真 以前は仕込みに使用されていた,試飲コーナーの写真

写真左上:樫樽貯蔵
写真左下:カメ貯蔵。以前は仕込みに使用されていた
写真右:試飲コーナー

インタビュー 明石秀人さん(明石酒造代表取締役)

こころを酔わせる焼酎を造る。

「4、5年前からすると、びっくりするくらい焼酎の出荷が増えていますね。今みたいにドーンと伸びて、今後それが極端に減少すると困るんですが、じわじわ伸びて、それが長く続くような状況になればいいかなと思います。焼酎の初心者は、大体軽いタイプから入りますが、慣れてきて最後に行きつくところが「芋」って言いますもんね。芋を飲むようになると『通』だって。「芋はくさい」って言ってた人が、「いいにおいだ」って変わってくるわけですから。私なんか「焼酎はそんなに高い飲みもんじゃないよ」って言ってるんですけどねー。ただ、それなりにこだわりはあります。例えば、自社栽培の米を使った新しい焼酎。平成15年までは減農薬ということで除草剤のみ使用したんですが、平成16年には、無農薬でやってみようかと思ってます。うちの社員が田植えするんですよ。また、平成14年から“コナホマレ”という新しい品種の芋を自社で栽培して、平成15年に商品化しました。

デンプン化がちょっと高くて、甘みがありますね。この焼酎は原酒ですので、極力濾過を控えてうまみ成分を残しています。濾過をすればそれだけうまみ成分がとれますから。焼酎を飲んだら、体は酔いますよね。だから、心まで酔わせるような焼酎を造るのが目標ですね。なかなか人の心を酔わせるのは難しいですがねー」

インタビューの中に出てきた自社米の田んぼに案内していただく。その道すがら、社長が面白い話をぽつり。
「焼酎好きの神様がいてねー…」

明石秀人社長の写真

明石秀人社長

自社栽培の米の写真

コナホマレから造られる『みやざきほまれ』

『めいげつ酣々(かんかん)』の写真

この米から『めいげつ酣々(かんかん)』が生まれる

金松法然様

焼酎を供えて、願いはひとつ

えびの市の明石酒造の取材の途中「焼酎好きの神様」がいると聞いて、それではとその足で金松法然様までやってきた。
明石酒造から車で2~3分のところ。栗下地区の金松墓地の一角に金松法然様があった。

墓地の入口には馬頭観音。昔から人々の祈りが込められた場所なんだろう。
金松法然様の古い祠には、この日も線香が漂っていた。

金松法然様の入口の写真

金松法然様の入口

線香の香りが絶えない金松法然様の写真

線香の香りが絶えない金松法然様

金松法然様由来記

法然様は、どこからともなくふらりとやってきて、栗下村(現・えびの市栗下)に住みついた坊様で、常に無欲無我を説いていたそうです。この坊様、無類の焼酎好きではありましたが、法力はものすごく、たびたび村人の苦難や危機を救ってやりました。

法然様は、安永6(1777)年9月23日に往生されました。村人はその徳を慕って、法然様を金松墓地に祀り、それ以来、そこに参拝する人が絶えなかったといいます。
法然様は、亡くなる直前に、「願を立てるときは、必ず焼酎を供えて一つだけにしなさい。それ以上の願いはしてはいけない。大欲の人はその望みは叶わないぞ」と言って目を閉じられたそうです。
その後、法然様は「金松法然」とも「焼酎法然」ともいわれています。

櫂入れ中の写真

栗下地区の方が毎日2人交代で社務所に詰めている

杜氏 川野政文さんの写真

近くの酒屋で販売している、焼酎、線香、ろうそくの入った法然様セット

地図

明石酒造株式会社

  • えびの市大字栗下61-1
  • 問合せ/TEL.0984-35-1603 FAX.0984-35-0340
  • FAX0984-35-0340

※工場見学については、事前に電話で申し込みが必要

金松法然様

  • えびの市栗下
  • 金松法然大祭は年2回、春分の日と秋分の日に行われる

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